悪魔ハンター桐嶋ローダVS八咫烏

「ろーだいありー」にて連載中の「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」の外伝ブログです。Google+のコミュニティ「ヤタガラスに抗う会」の後継ブログでもあります。

「ヤタガラスに抗う会」の過去ログについて

本家「ろーだいありー」の記事。

 

lucyukan.hatenablog.com

 

昨日から、Google+でやっていた「ヤタガラスに抗う会」を、この「桐嶋ローダVS八咫烏」に移すことにしたのだが、「ヤタガラスに抗う会」の過去ログについては、本家に残すことにしたので、良ければご覧ください。

「ヤタガラスに抗う会」との合併について

以前書いた記事。

 

kirishimaloda6915.hatenablog.com

 

Google+のコミュニティで作っていた「ヤタガラスに抗う会」についてだが、Google+終了に伴い、本日からこのブログと合併する、という形で続けていこうと思う。とはいえ、このブログ自体、以前から「ヤタガラスに抗う会」と同じようなことしか書いてないけど…。

『新しい歴史教科書』の批判点と、このゲームへの批判点はよく似ている…

昨日書いた記事。 

 

kirishimaloda6915.hatenablog.com

 

これについて、もう少し続けてみる。

『新しい歴史教科書』で批判すべき点と、『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』(以下『超力兵団』)の世界観やストーリーで批判すべき点はどうも似通っている…、と書いた。

上記の記事でもある通り、「関東大震災を無かったことにしたのは、朝鮮人虐殺を描きたくなかったからではないのか」という批判は、『新しい歴史教科書』の最初のバージョン(教科書検定に申請した段階のもの。この時点では「関東大震災」自体の記載が無かった!)と、『超力兵団』の完成品両方に当てはまってしまう。ただ、『新しい歴史教科書』では、検定の結果「関東大震災」も「朝鮮人虐殺」も、完成品の教科書では一応記載した、という点は異なる。

他に両者で似たような批判点としては、「日本の戦争は侵略ではなく、防衛戦争だったと思い込む者が作ったのだろう」、「天皇が中心の歴史観皇国史観だ」、「天皇に逆らうのは悪だ、と子どもたちに刷り込もうとしている」、「日本の加害歴史は描かないのか」、「『古事記』の出来事を、本当のことだと思わせたいのか」、「子どもたちに、『天皇は神だから尊い』と刷り込むつもりで作ったのか、天皇制賛美だ」「ナショナリズムが強すぎるのではないか」、「天皇の戦争責任には触れないつもりか」、「戦争賛美としか思えない」といったところであろうか。

「関東大震災を無かったことにしようとした」教科書があった事実…

 以前書いた記事だが…。

 

kirishimaloda6915.hatenablog.com

 

デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』(以下『超力兵団』)では、「関東大震災は無かったこと(その後に起きた「朝鮮人虐殺」を無かったことにするのが狙いか、と感じる)」にされている点を問題視したのだが(いずれは「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」でもっと深く掘り下げるが)、実は「関東大震災を記載しようとしなかった歴史教科書(「朝鮮人虐殺」を書きたくなかったから、であろう)」は存在したのだった。ただし、あくまでも「検定通過前」のものであり、検定後実際に使われた教科書には一応記載はある。その教科書の名は…『新しい歴史教科書』(扶桑社・2001年)!!

よくよく考えてみると、『超力兵団』に対する批判(主にストーリーや世界観に関して)と、歴史修正(改竄)主義の『新しい歴史教科書』に対する批判というのは、どこか似通ったものが多いと感じるのだ。例えば「天皇に逆らう者は許されない、と子どもたちに刷り込むつもりなのか」、という批判など。どちらも「皇国史観」を使っているため、そういうことになるのかも知れない。

天皇制の戦争責任とか

デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』の製作者は、「天皇の戦争責任」とか「天皇制自体の戦争責任」というものをどう捉えているのだろうか、と思う。

私の見立てでは、「昭和天皇には戦争責任はあるかも知れない、しかし天皇制自体に戦争責任があるわけではない」と思ってるのではないか、と考えている。

ゲームの舞台が1931年なのに、昭和ではなく大正としたのは、第七話で「昭和天皇を救わなければいけない」話にすると、「戦犯の昭和天皇を救えとは何事だ!」とクレームが来ると考えたから、ではないのか。

しかし、ヤタガラスという「天皇崇拝の極右組織を味方とした」のは、「天皇制自体は悪くない、天皇制自体には戦争責任は無い」と思ってるから、と思えるのだが、どうだろう。

メシア教とガイア教、そしてヤタガラス…

真・女神転生』及び続編では、「メシア教」と「ガイア教」という架空の宗教の対立を描く、一種の宗教戦争のようなストーリーであった。それ以降のシリーズでは、あまりこういったストーリーは見られなくなっている(オウム事件も影響しているのかも知れない…)。

デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』(以下『超力兵団』)の場合は、「ヤタガラス」も一種の宗教であろう。本家「ろーだいありー」の「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」でも書いているように、かつて実在した宗教「国家神道」がモデルであることは間違いない。いずれ「ヤタガラスはなぜ~」で書くテーマだが、『超力兵団』のストーリーによると、ヤタガラスは後に「別の架空の宗教に変わる」ということになっているらしい。しかしこれは明らかにおかしい。国家神道国家神道であり、それ以外のものに変わることはないはずだからだ。国家神道自体は、戦後に解体されている。しかし、それを復活させようなどという右翼グループも居るようだが、それは止めるべきである。

『真・女神転生2』にはカジノがあり…

真・女神転生2』では「カジノ」で遊ぶことも出来る。スロットとか。これが楽しいのである。つい夢中になる…。でもラストダンジョンに潜入すると、もう行けなくなるのが悲しいけど。

デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』には、カジノは無い。「麻雀」はあるけど、興味ないし…。もっと別のミニゲームもあれば良かったと思う。

しかし、現実の日本にカジノを持ち込むことには反対である。