悪魔ハンター桐嶋ローダVS八咫烏

「ろーだいありー」の「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」の外伝ブログです。主にPS2ソフト『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』のことを書いています。

このゲームのコンセプトは…、やはりそういうことだったのか…!

何気に『メガテン』シリーズについてネットで検索をしてみたのだが、ひとつだけ初めて知って面白いと思った事実がある。

『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』(プレイステーション2。以下『超力兵団』)のコンセプトの中には、「暗い世の中だからこそ、元気が出るゲームを作りたい」といったものもあったらしい、という事実。私自身も長いこと、このゲームのコンセプトの中には『新しい歴史教科書』(扶桑社)のような、「日本に生まれたことを誇りに思ってもらえるようなものを作る」というのがあるんじゃないのか? とは思っていた(詳しくは本家「ろーだいありー」の「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」シリーズを参照)。そうか…、やはりそういうことだったらしい。私の読みは、ある程度は当たっていたのかも知れない。

『超力兵団』の世界観について長年不満に思うのは、戦前の日本を舞台としているのに、この時代の暗い部分にはあまり触れていないところと、日本の戦争責任問題・植民地主義の問題などもほとんど扱っていないこと、天皇制批判も無いこと、何となく「(昔の)日本スゴイ」的なものを感じる、ということだ。だが、この『超力兵団』が「元気が出るようなゲーム」というコンセプトで作られたのだとすれば、全て合点がいく。つまり、過去の日本の暗い面は覆い隠して、代わりに「日本スゴイ」の方を押し出しているわけだ。

『新しい歴史教科書』のコンセプト(「日本に誇りが持てる教科書」)にしても、突き詰めれば「日本の中学生が元気付けられる教科書」ということになるのだろうから、『超力兵団』と『新しい歴史教科書』が似ていると感じたのも、あながち間違ってはいなかったと思っている。書店に溢れる「歴史修正(改竄)主義本」(「慰安婦はいなかった」、「南京大虐殺は無かった」などと書かれたもの)にしても、コンセプトとしては「事実を捻じ曲げてでも、日本人が元気付けられるような歴史書を作りたい」というものがあるのだろう。

だが、これだけはどうしても言っておきたいのだが、そのような本で得られる「元気・誇り」などというのは、「韓国人や中国人などを傷つけるものでしかない」し、「日本人だけが気持ちよくなればいいという、非常に身勝手なもの」だということだ。さらに「世界的には、日本の歴史修正(改竄)主義を受け入れることは決して無い」ということも忘れるべきではない。

『超力兵団』にしても同じようなことが言える。このゲームで元気付けられたとしても、それは「日本は侵略国家であったという真実を知らずに、『日本スゴイ』、『天皇制国家スゴイ』と思い込まされて、いい気になっているだけ」だってことだよ。

…それにしても、『超力兵団』第七話に関して徹底的に批判するようなものは(「天皇を救わなければいけない」というシナリオについて)、ネットではほとんど見受けられないのは何故なのだろう。私の「ろーだいありー」に載せた「『超國家機関ヤタガラス』はなぜ怖ろしいのか?」シリーズぐらいしか無いのか?