悪魔ハンター桐嶋ローダVS八咫烏

PS2ソフト『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』と続編及び『葛葉ライドウ』シリーズの復活を阻止したいと思うメガテニストが書くブログ。ただしライドウは尊いと思っているよ?

「このゲームには平和への思いが込められている」って? はあ? としか言えないのだが!

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(※画像は筆者の『すみっコぐらし』ぬいぐるみコレクションなど。イメージです)

サブブログの「デビルバスター★桐嶋ローダ対ヤタガラス」(Blogger)でも似た話を書いたことがあるが…。

lodataiyatagarasu.blogspot.com

『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団(Devil Summoner: Raidou Kuzunoha vs.the Soulless Army)』(プレイステーション2。以下『超力兵団(Soulless Army)』)の製作者の中には「このゲームには反戦や平和への思いを込めた」と言う者も居るのかも知れない。だが私としては、「はあ? 超國家機関ヤタガラス(以下ヤタガラス)という大正天皇守護組織が最後まで味方である時点で全てが台無しなんだよ」、と言いたい。

天皇を守護し崇め奉るヤタガラスが味方、という時点でこのゲームには薄ら寒さ、薄気味悪さを感じるのだが(特に反天皇制の者にとっては)、その設定の上に「反戦・平和への願い」を描くことは本来は不可能だよ。なぜなら、日本の戦争は天皇の命令で行われるものだからだ。そう、ヤタガラスが味方である限り、このゲームの未来は明るいものにはならない。ゲーム上の将来、確実に戦争が勃発するからだ。天皇とヤタガラスのせいで。

それなのに、製作者はあくまでもこのゲームに「主人公・ライドウとプレイヤーの未来が明るいものであるように」との願いを込めた(設定資料集にそのように書かれているページがある)と言うのだが、明らかに矛盾している。私はこう言ってやりたい。

「あなた方は、日本の戦争が天皇の命令によって引き起こされたことをご存じないのですか?」

『超力兵団(Soulless Army)』よりも、映画『キャタピラー』(若松孝二監督)や『日本のいちばん長い日』(原田眞人監督)、『ジョニーは戦場へ行った』(ドルトン・トランボ監督)の方が、余程反戦と平和への強い思いを感じる。