悪魔ハンター桐嶋ローダVS八咫烏

PS2ソフト『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団』と続編及び『葛葉ライドウ』シリーズの復活を阻止したいと思うメガテニストが書くブログ。ただしライドウは尊いと思っているよ?

関東大震災後に東京は急速にモダン化したのだろうが、だとすれば震災の無かったこのゲームでも「東京がモダン」なのはおかしいと思うが…

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(※画像は筆者の『すみっコぐらし』ぬいぐるみコレクションなど。イメージです)

昨日のBSプレミアムで再放送していた『映像の世紀プレミアム』で、「東京・破壊と創造の150年」をやってたけど…、面白かった。

この番組を見ていると、「東京が急速に近代化・モダン化していった」のは、関東大震災後に古い建物を破壊して新しく建て直したり、道路を整備し直したりしたことが影響しているのだろうと思えるのだけど…。そうすると一つ疑問がある。『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団(Devil Summoner: Raidou Kuzunoha vs.the Soulless Army)』(プレイステーション2。以下『超力兵団(Soulless Army)』)では「もしも関東大震災が無かったとしたら…」というテーマが含まれているのは確かなのだが(ゲーム中で言及はされないが、設定資料集にはそのように書かれている)、それなのにこのゲームの「1931年の帝都(東京)」がモダンな街であるのはどういうことなのか(特に銀座がモデルの「銀座町」)。まだ田舎臭い町(深川町など)もあるが、それは「地震が無かったために建て直されることなくそのまま残された」設定なのだろうけど。

震災前でも無論、東京のモダン化・西洋化はかなり進んでいたのは事実だが、果たして本当に震災が無かった場合、『超力兵団(Soulless Army)』の帝都はあのようにモダンだったのだろうか? あくまでこのゲームの東京は、製作者の「もしも震災が無かった場合の1931年の東京はこうだったのでは無かろうか」という妄想で作られたものに過ぎない。そのため細かい部分では矛盾も生じるのだ。このゲームでは「震災があった場合にしか作られなかった建物」も恐らく存在しているはずだ(建築には詳しくないのでよく分からないが、詳しい人が見たら気が付くかも知れない)。

前も言ったが、『超力兵団(Soulless Army)』で関東大震災が無い設定なのは「朝鮮人虐殺を無かったことにするため」だと思っている。「古い建物を残した東京の街を作るため」とも考えられるが、ゲーム上で震災を無くす動機としてはいくらか弱い。前者は歴史修正(改竄)主義の右翼が望むことであり、今の日本ではその「無かった説」が幅を利かせている(都知事も朝鮮人虐殺の犠牲者には追悼文を送らなかったし…)ことを考えれば、こちらの方が「震災を無かった設定にする動機」としては強く感じられるからだ。